Ⅲ. 繋がる世界

今日は前回のやや続きです。


自分の目に映る膨大な色の世界の異変に気がついたのは小学校1、2年生の頃でした。

いろ鬼(※言われた色をタッチする鬼ごっこ)で、友達に言われた色が自分の中の膨大な「赤」の中からどの赤を指しているのかがわからず困惑するところから始まりました。

当時は文字にも音にも全て色が付いていて、今振り返ればそんな騒がしい世界の毎日に少しゼェハァしていたのを覚えています。

余談ですが、もしお子さんの中におかしなことを言うなぁ、訳が分からないけどやたら疲れているなぁと思うことがあったらそれはもしかしたら「失われし前の自然な出来事」の一つかもしれないですね、とボヤかせてもらえたら嬉しいです。

子供は次第にそれらを「使わないもの」としてスイッチをオフにしていきますが、その空間は時間という概念をなくした「自然との調和」に守られた空気が流れています。私はとにかく毎日がカラフルで楽しく受け取るものの多さにどこに自分を調和させようかを考えるのが楽しみでしかたない毎日でもありました。

話がそれましたが、次第に自分の目に映っているのは生きとし生けるものだけではないことを存在しないはずの犬から知らされます。

当時母に”あんなわんちゃんが飼いたい!”と近所の白い犬をねだると、その犬はとっくに他界している犬だということを知らせゾッとします。その頃すでに小学3年生くらいだったので大体のことへの分別もつき、霊的感度の高さと共に生きることへの-不便さ-に意識を沿わせ、特別仲良くしたいわけではないという答えにしばらく目を瞑り暮らすことを意識します。

ここからは大人になるまでだいぶ時間がかかるので話は割愛しますが、

ほどなくして社会人になり、どこからともなくこぼれたお酒の席での色占い的な話に次第に『本当に自分の色を見てほしい』と頼まれるようになり(この辺りの話はまた今度)、

何も意識せず再び色を見ているうちに閉ざされていたスイッチが開いてしまい、気づいた頃には色だけでなく見えざる世界の階層の人のメッセージまでもれなく受け取る次第になっていました。

ただ皮肉なことに興味本意に求めてくる人の中には否める人もいて、地味に傷つきその力に幕をどします。

そこから10年。
(だいぶ割愛)

妊娠出産を機に突然またその力が黙っていない!とばかりにビンビンと鋭くなって開いてきてしまいとんでもないことになります。

落ち着け〜〜!落ち着け〜〜〜!と願い倒すもそうはいかないとばかりに顔を出すその力に、これはもう流れのままに生きよう。と、抗うことをやめにします。

そんなことを海岸に寝そべりながらぼーっと考えていたところに一通の連絡が入ります。

当時まだ知り合いレベルだった友人から突然家に招かれそのまま上がり込みお酒を頂きます。そして突然目の前にいる初めましての人に『この人何色?』と尋ねられ、早速流れのままにペラペラと話し続ける自分がいました。

そこから8年。その友人こそが今なお私の変な話をいつも親身に聞いてくれ、このブログしかり求めて下さる方に色をお伝えする機会を作ってくれる再スタートの兆しをつくってくれたのでした。(arigatou)

手放そうにも手放せないその時間は言うまでもなく私の大事なパートの一部。
シンプルに話していて楽しい。

だからこそ研ぎ澄ませることを怠らず、求める人の元へ向かうことを惜しまないことを約束したのでした。

繰り返しになりますが

私のお伝えすることは明確な答えを伝えることではありません。

その日その時ある心の声をお伝えすることで生まれるその方が本来持っている力にエネルギーが注がれることを本望としています。

私にとっては全てがこの世のものであり
この世にないものです。

誰もが持っているその力に少しのエッセンスを注いだらあとはご自身でゴー!です。

次回最後の自己紹介です。

いつもお読み下さりありがとうございます!